東洋人は精神を持って「茶」に接したがゆえに、黒い焼き物にも美を見つけ、茶の真味を探る。西洋人は目を持って、舌を持って茶を楽しんだために銀器を用いた。その価値観の違いが金属器様式の違いを生む。日本と東洋の銀食器について。
東洋の銀食器
西アジアからシルクロードを伝わり、中国にも金属器が伝わる。金属器のもつそのファッション性が受け入れられ、中国では3世紀から4世紀にかけて器の主役となる。特に唐の時代、多くの名作が作られた。砒素に素早く反応する性質をもつ銀器は、毒盛りから身を守った当時の権力者の食器としても用いられた。中国においてはその後、喫茶の流行が始まり、やきものが見直されるまで銀食器は主役となる。
日本の銀食器の歴史
日本において銀食器は、平安期の文献に登場する。銀食器が一般市民にも用いられるようになるのは、江戸時代になってから。
江戸時代から続く主要な銀食器の産地で有名な地として、東京があげられる。東京銀器とい名称で知られる銀食器は、ヨーロッパの銀食器とはまた一味違う。日本の銀器は、日本ならではの感性で四季や風景を織り交ぜながら作られた銀器として世界でも高く評価されている。
クラフトアートトップ