作家専用メニューのあるカフェ。紙とインクが無料で用意されているカフェ。借金を気前良く貸してくれるカフェ。第二次大戦までの芸術家達の合言葉は、「ニューヨークで会おう」でした。芸術家に愛され続けたブダペストの名門文学カフェ「カフェニューヨーク」とは。
ブダペストの名門文学カフェ
(深海メーリ ヴィーズと呼ばれた)一階はその日暮らしの芸術家が、上の階には名をなした作家が席につく。カフェのオーナーやボーイは、芸術家のよき理解者でもあり、カフェでは、日々、文学論や芸術論が繰り広げられました。無名の作家には、作家専用のメニューというものもあり、とびきり安い価格でパンやサラミなどが提供されました。
郵便局員はこの大理石のテーブルに座った芸術家に直接手紙を届けてくれた。カフェニューヨークのボーイの一人、ジェラは芸術家の良き理解者でもあり、アーティストを見極める目を持っていた。若きうぬぼれやの芸術家がジェラが出した作家専用メニューに対し文句をつけ、「これっぽっちでは腹がいっぱいにならない」と言うとジェラは「たぶんあなたは一生文学でお腹いっぱいになることは無いでしょう」と答えたという逸話があります。
芸術家に愛されたカフェ
時には見守り、夫婦のように世話をやいてくれ、たくさんの芸術家に愛されたカフェ ニューヨークは、第二次大戦中の爆撃により大きな損害を被りました。カフェニューヨークというその名も当時のスターリン主義者(旧ソ連)の影響で1954年には、カフェ フンガーリアになります。現在は、かつてのような芝居や小説についての論争などは見ることはなくなりましたが、カフェ ニューヨークは現存しています。マンハイマーにより、カフェフンガーリアの天井に描かれた自由の女神像は今も残り、19世紀の香りを今に残しています。
(参考文献 ヨーロッパのカフェ文化 クラウス ティーレ=ドールマン著 やんごとなき姫君たちの食卓)
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