
コンクリート船武智丸は、昭和25年、戦後になって広島県呉市安浦漁港に防波堤として設置。第一武智丸と第二武智丸はつなげ、海底を深くさらい沈設。設置当初は、操舵室などはそのまま残されていたが、現在は、コンクリートの船体だけの状態になっている。
水の守護神 武智丸防波堤
武智丸の腐食、船首側からの沈下をくいとめる補強工事が過去になされている。撤去の話が出たこともあったが、現在も安浦町の水の守護神武智丸として防波堤の役割を果たしている。
この武智丸は、戦時中の様子を偲ばせる貴重な遺物。資源不足からコンクリートで船を造るという発想が起こり、研究が重ねられた。コンクリート船という奇抜なアイデアが実際に建造までされ、運航していたということに驚かされる。
写真は、沖寄りにある第二武智丸の様子。船体には水の守護神武智丸と書かれてある。写真の第二武智丸船首先端に見える赤いものは、防波堤の灯標。
下記武智丸案内板引用
昭和22年、安浦漁港には防波堤が無く台風の都度、漁船に被害が発生するため、当時の漁協共同組合長 菅田 国光 氏の大奔走により武智丸を防波堤として据え付ける事に決定し呉市土木事務所の設計により事業費800万円(当時)の巨費が投じられた。海底を掘り下げて深くし、粗朶沈床の上に置換砂を敷き均しコンクリート船を沈設して周辺には船体安定用の捨石が施されている。昭和48年第5次漁港整備計画で撤去の話も有ったが船が強固な為、保存し引き続いて防波堤の役目をしている。
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