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野呂山 弘法寺の由来

呉観光 弘法寺

弘法大師空海が厳島(現在の宮島)からの帰り道、野呂山(広島県呉市)の岩窟に籠もって修行をしたといういわれがある。真言宗を開宗した空海が野呂山に再び訪れたことをうけて、地元の有志が弘法寺の伊音城大師堂を建立したのをはじまりとする。

弘法大師が修行した野呂山

弘法大師は、774年に現在の善通寺市に誕生し、19才にして四国中国東海道伊豆など各地の山岳に登る。難行苦行を重ね仏道に入り修道。偶々芸州厳島弥山に杖をひかれ、帰路瀬戸内海にそびゆる野呂山に登り岩やに籠って(現在の奥の院)修行に専念されたとある。

入唐青龍寺の高僧恵果に密教を学ぶこと三年余帰朝して普く諸国を巡り真言秘法を説き、807年平城天皇の勅命によって真言宗を開宗し、弘仁三(823)年49才の時、再び野呂山に登られた。その事蹟に鑑み地元中切の住民は広く有志となりこの地に伊音城大師堂を建立した。

本尊大師像を祭り月の21日を命日と定め、毎年高野山龍泉院法印登山勧行あり中切の百姓2人づつ相詰め、燈明一基現在せり、過去千余年間大師堂は幾度か再建され今日に至っている。
(弘法寺前にある説明参照)

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