
広島県呉市の音戸の瀬戸は、1167年(平安時代)に平清盛が、日宋貿易のために切り拓いたといわれている。日招像は、広島県呉市高烏台公園にある。
音戸の瀬戸観光と清盛伝説
音戸の瀬戸には、平清盛が沈む夕日を扇で招き返し、一日で切り拓いたとされる清盛伝説がある。安芸の国の国司でもあった清盛は、厳島神社への信仰が深かった。史徴墨宝考証(厳島神社)に「清盛音戸をして芸海の航路を便にし厳島詣に託して促す」といった記載が記されていることからも、厳島詣と瀬戸開削には深い関係があるという説もある。
瀬戸を一日で開削したという清盛伝説の残る音戸の瀬戸は、平清盛ゆかりの土地としても知られる。音戸の瀬戸公園には、清盛塚や日招像などがある。平清盛の日招(ひまねき)像は高さ2、7メートル。音戸の瀬戸開削800周年を記念して1967年(昭和42年)7月に建立された。
立烏帽子直垂姿で、日没の方向に向けて立ち、扇で招き返す清盛の銅像で、海上交通の安全を見守っているという。日招像の台座は、旧海軍の砲台からできている。日招像の台座には、宋との貿易と厳島参詣の便宜を図りこの瀬戸を切り開いたが、沈みゆく太陽を中天に招き返してその日のうちに難事業を完成させるといわれる伝説に由来する盲が書かれてある。
音戸の瀬戸には、日招像の他に清盛を祀る清盛塚もあり、毎年旧暦の3月3日には、清盛祭が行われる。日招像から案内に沿って、山道を下る(行きはよいが、帰りがきつい坂)と日招岩(ひまねきいわ)がある。日招岩は、清盛の足跡と杖の跡が残る岩。ここで清盛公が沈み行く夕日を招き返したといわれる。
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